JAのこと

産直・交流

昭和53年7月
水田転作制度施行、笹神村は転作制度に村をあげて反対し転作達成率ワースト1となる。

生協(旧、北多摩)代表者の方々が米の取引産地を求めて当村を訪問、以後JAささかみ(旧、笹岡)の役員研修などで生協を訪問し、人的な交流が始まる。

昭和57年8月

フェーン現象により、早生種の稲に甚大な被害を被る。

(白穂災害の見舞金を受ける) 10月には産直品として生協側からの提案により、もち加工所を建設、もち米の品種名から商品名を「こがねもち」とする。

昭和58年8月
夏の交流会として第1回サマーキャンプが開催される。(参加者250名)
10月より「おけさ柿」の産直を開始。

昭和59年2月
冬の交流会、第1回スキーツアー開催。(参加者50名)
7月より「ばれいしょ」の産直を開始。
12月より青刈り稲を利用した「しめ飾り」の産直供給が始まる。

昭和60年7月
タマネギの産直供給を開始。
10月より水田転作で作付けされた「里芋」の産直を開始。

昭和61年8月

第4回のサマーキャンプが参加者470名の最大規模で開催される。

昭和63年5月
第1回田植えツアー開催。
9月より稲刈りツアーも開催され、以後毎年の恒例イベントとなる。
10月より特別栽培米コシヒカリの産直供給が始まる。

平成元年3月
特別栽培米コシヒカリの栽培取り組み強化のため特別栽培米研究会を設立。徐々に産直品としての「米」の供給が増加し始める。

平成2年3月
笹神村は基幹産業である農業の未来を切り開くため「ゆうきの里ささかみ」宣言を行う。

平成3年9月

当時の北多摩生協(現マイコープ)出資による「生協の家」が完成。
11月にはふるさと創生資金の一部と畜産環境対策事業によりモミガラ堆肥製造施設「笹神村ゆうきセンター」が竣工。

平成5年10月
夏期の低温により米の作況が56%の冷害に見舞われる。
首都圏コープへの産直米供給も危ぶまれたが、低品質の中にも予定数量を確保。

平成6年7月
旧、JA笹岡とJA神山が合併し、JAささかみとなる。

平成7年4月

新潟県北部地震に見舞われる。
震源地は笹神村で震源地近くでは家屋の倒壊が起こり甚大な被害を被る。(地震見舞金を受ける)

平成8年3月
第1回全国環境保全型農業推進コンクールで農林水産大臣賞を受賞。

平成10年8月

新潟県の下越一帯が未曾有の集中豪雨に見舞われ、笹神村にも甚大な被害をもたらす。(8.4水害)
首都圏コープ傘下の各生協組合員や生産者消費者協議会の加入産地より多額の水害義援金を受ける。

平成11年3月
首都圏コープ「the・ふーど」の取り組みで完全無農薬・完全有機の「ゆうき米」栽培を開始。

平成12年5月

首都圏コープ事業連合・JAささかみ・笹神村の三者による「食料と農業に関する基本協定」を締結。
無農薬米による酒の製造、転作大豆による味噌加工の取り組みを開始。 8月には首都圏コープ農薬削減プログラム推進会議・生産者消費者協議会による「公開確認会」が開催され産地認証を受ける。

平成13年3月
食料と農業に関する推進協議会の企画第一弾として、無農薬・無化学肥料栽培の米を原料とした酒「ささかみ風土」が完成。

平成14年7月

食と緑の交流拠点整備事業により、大豆加工体験施設が完成し、地場産大豆を原料とした豆腐の製造を開始。

平成15年

食と緑の交流拠点整備事業「うららの森」竣工。

JF野付とJAささかみの友好協同組合協定提携。

平成16年
交流事業を主体とするNPO法人「食農ネットささかみ」設立。

平成17年

日本農業賞「第1回食の架け橋賞」大賞を受賞。
「生活協同組合連合会 首都圏コープ事業連合」から組織名称を「パルシステム生活協同組合連合会」に変更。

平成19年
コシヒカリを全量産直米として販売拡大「ささかみ米(まんま)産直部会」結成。

平成21年
一般栽培の水稲も有機質肥料5割以上、農薬使用量5割以下としたささかみ米「あたり米」の取組を始動。

平成23年
東日本大震災発生。
福島復興支援企画(ツアーへの招待など)がスタート。

平成25年

長年にわたりささかみの産直・交流や地域発展に多大なる貢献をいただいた方の精神を後世に伝えていくため、ささかみのやまびこ通りに句碑を建立。

平成27年

風害により作況指数72%。白田米が発生し品質低下。
生協から災害見舞金、応援メッセージに加え、消費者への販売支援を受ける。

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